ホーム

「できビジ」の定義

「できビジ」とは、できるビジネスパーソンの略です。

これは、一言で言えば、現代社会にあふれる様々な情報に左右されることなく、

  • ものごと全体のつながりを体系的に捉えて思考しビジネスの実践ができ
  • これからの自分の人生を自分の考え方で決めることができ

ビジネスパーソンのことというように定義しています。

ちなみに「できビジ」の称号は商法登録(※5913471号)してあり、毎年「流行語大賞」を狙っていますが、今のところまったく話題にも上りません(苦笑)

もっとも、これだけでは十分な理解を得られないと思いますので、もう少し説明を加えます。

 まず、現在の社会は情報が溢れているというか、溺れている状態といっても過言でないですよね。
なにしろ、スマホを持っていれば、誰だって、ほぼすべての情報が瞬時に手に入ります。

 少し前までなら「情報格差」なんて言葉がありましたが、今では誰だって同じレベルにあります。

 但し、その情報は、細切れ状態のインフォメーションに過ぎないようです。

ここがポイントです。

単発的で、連続性に欠けるのです。

従って、その情報が次への考え方へ発展していかないのです。

「昨日は、ジャイアンツ勝ったよ。」

「サッカーのワールドカップ予選、アウェイで勝ったので、これで何とかなるかな」

「アメリカの大統領は一気にトランプが優勢みたいだよ」

「それに・・・・」

 まあ、事例はいくらでもありますが、ひとつひとつの話しになんの脈絡もありません。

ジャイアンツも、サッカーやトランプの勝因・プロセスも、関係なしで結果だけの情報です。

ものごとは、短絡的でなく、1つ1つの事柄を結び付けて、つまり体系的に考えていくことが重要です。

少し難しい表現になりますが、体系的とは、

「個々のものを秩序づけて、統一した組織全体、システマチックに矛盾のないようにまとめられたものごと全体」

ということになります。

では、何故、体系的な捉え方が大切なのでしょうか?

我々人間は、今日より明日、明日より明後日と、日々成長していくことを願っています。

まあ、なんとなく生きて、なんとなく死んでいければいいやぁ、という人は別ですけど(笑)

そのためには、次に繋がることを考えていく必要があります。

そこで、情報や知識などの「連続性」が不可欠となります。

つまり、「ひとつひとつの知識を結びつけていかないと、明日への新しい価値を見いだせないのです。」

 もうひとつは、価値観の多様性なんて言葉が風化された感じですが、自分の将来については、自分の考え方で決めていくことが必要だと感じています。

 たった一度の自分の人生は、世間に左右されずに自分の考え方で決めていきたいものです。

 そのためには、どうしたらいいのか。

これから、順序立てて話しを進めていくので、ご期待ください。

それでは、これからの掲載記事を楽しみにして下さい。

プロフィール

このままいったら、自分の人生はどうなってしますのだろう。

15~18歳の青春時代は、まったく先が見えない霧の中をさまよっていました。

今では、新任の管理職の方々に対して、様々な情報を提供する「企業研修講師」を行っていますが、当時は、そんな姿はまったく想像できるものではありませんでした。

どこで、どうなっていったかについては、追々お話ししていければと考えています。

研修では、決算書の見方から、経営・マーケティング戦略という企業経営に関わるビジネス・スキルから、自分の人生は自分の考え方で決めていこうという「自分ブランディング」といったテーマまで幅広く伝えています。

話しは前後しますが、出身は、今や阿波踊りが全国区になった東京都の杉並区にある高円寺という街で生まれました。

現在は、ふなっしーで有名になった千葉県の船橋市で、奥さんと娘3人(お兄ちゃんが、今年社会人になり独立していきました)と、トイプードルの空太と暮らしています。

趣味は、ゴルフと競馬です。

ゴルフは何年やってもうまくなりませんが、競馬は出版(重版になりました)したり、毎週「夢の万券ゲット」というブログにて予想を書いています。

まあ、なかなか思うように当たりませんけど、たまには爆発します。

他には、道楽で初めたドラムと水彩画にはまっています。

リズム感がないためか、ドラムは結構苦戦しています。

水彩画は、好き勝手に描いていますが、なかなかの評判です。

毎年、夏には、房総半島の千倉(ちくら)海岸で、ボディーボードも楽しんでいます。

これは、いくつなってもできるスポーツですね。

そして、なにより、夜に飲むビールがサイコーです。

冒頭に、青春時代(自分にとってはそう言えませんが)は暗黒だったと述べましたが、人生に3度どん底の時期がありました。

最初は、高校・浪人時代で、アスレチックスと契約した森井翔太郎選手で有名になった桐朋高校という進学校に入ったものの、競馬や麻雀にはまってしまい、勉学がおろそかになっていきました。

まあ、そのうちなんとかなると思っていたのですが、3年生の頃には、どうにもならなくなってしまっていました。

英語の辞書を怖くて見ることもできなくなってしまいました。

浪人生活に入っても、競馬や麻雀,バイトだけで、勉強の時間はほとんどありませんでした。

浪人2年目が終わる頃になっても

でも、その頃から研究していた競馬で、出版したりブログを書いたりしているのだから、人生わからないものです。

そういった意味では、本社から地方へ左遷させられた時、もう辞めてやる、なんて思いましたが、会社に対して見返してやろうという気持ちもあって、中小企業診断士の国家資格を習得しました。

本社にいたら、仕事だけでとても時間が確保できませんでしたが、左遷のお陰で、勉強する時間がとれました。

ちなみに、一か月約100時間、年間で1200時間を2年間続けられました。

3番目は、所属していた企業の不祥事により、人員整理の対象、つまりリストラされました。

いざ決まるとなると、「胃を下にしないと寝ることができませんでした。」

それほどの、不安があり、ストレス状態になりました。

しかし、これが、人生の最大のターニングポイントになるとは、このときは知る由もありませんでした。

後に、リストラのお陰?で、コンビニエンスの商品本部へ転職することになり、そこでの経験が、今の企業研修講師をしていける礎となっています。

自分ブランディンで行っている「夢100リスト」で、

47都道府県すべての土地に足を踏み入れる

かつての後輩を訪ねて鳥取県に遊びに行きましたので、残るところは島根県だけとなりました。

自分の年齢と同じスコアでラウンドするというエイジシュート

これは、ゴルフが上手になるだけでなく、高齢になっても健康でいることが条件になり、いい目標となっています。

競馬の最高峰である凱旋門賞を現地観戦や、息子と行ったワールドカップ(今は渡航が難しいロシアのサンクトベルグ)の興奮を今一度味わいたいと

研修で「なんだ、そんなこともわからないのか!」

わからないから、ここにいるんだろぅが と心の中で叫びました。

同期の中には、後の社長になる優秀な

今では、人前で話すことを生業にしていますが、かつては、お前の話し方にはヒゲがある

「えぇ~と